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2004/12/24

仙台作並は回文の里、仙代庵って知ってますか

 今日は午前中、定義街道と旧作並街道の分岐点に建てられていた道標の再建に立ち会ってきました。(場所はここ
 安政6年(1859年)ですから140年ほど前に立てられた石標が、元の位置に戻されました。今の作並街道(国道48号)は広瀬川の南側を通っていますが、昔は郷六から川の北側にのびる定義街道といっしょに走り、この道標から左に分かれて川を南側に渡ったそうです(落合のミルキーウェイのところ)。そこには「新落合橋」が人だけ通れる橋としてかかっています。昔はつり橋だったそうです。

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 この道標の特徴は、回文士として当時江戸でも有名だった仙代庵(細屋勘左衛門)の回文を右側面に掘り込んであったこと、立てた日時がはっきりと記されていること、また建立した人々がはっきりと刻まれていることなどです。
 元仙台市博物館長で郷土史研究家の東海林恒英さんが説明をしてくれました。
04P1330   04P1333

 ところで、回文(廻文・かいぶん)は「上から読んでも、下から読んでも・・・」のアレです。刻まれた回文は
みな草の名は百(ハク)としれ薬なり
 すぐれしとくは花のさくなみ  (仙庵)
とあり、「草は百種類ほどもあろうか、みな薬である。その優れた効き目は花の盛んに咲き乱れる作並のようだ」という意味らしい。作並温泉では、全国回文コンテストや、全国回文大会が開かれています。今年度は3回目になります。

 私も、ひとつ考えました

 鳶や舞う 中洲越すかな 馬や人

 ちょうど、この分岐点で広瀬川を渡りながら、当時の人々が行き来していたんだなと想像しながらつくりました。

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 沼田 宮城総合支所長と道標の前で

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