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2007/08/16

8/15仙台は観測史上最高気温

 遅く来た、今年の夏。威力は強すぎます。昨日は観測史上最高を更新して37.2℃となりました。

071541  前の晩から寝苦しい暑さでしたが、「ふたたび戦争を起こさない平和のつどい」を終えて、市内デモ行進をしようとするお昼ごろにはすごい日差しと熱射でした。主催者からは「体に自信がある方だけのご参加で結構です」とアナウンスをするくらいでした。出発前の集合場所で、Kさんが「この暑さは、62年前の8月15日よりひどい暑さだ」と話していました。午後のニュースで「史上最高」と聞き、《さすが経験者はちがうなア》と変に感心してしまいました。

071542  先の戦争が正しい戦争だったなどと未だに主張する靖国派が、安倍内閣の大勢を占めたことは、国際世論からも、アメリカからも、国内の保守勢力からも矛盾が噴出す結果になっています。つどいでの小泉親司さん(日本共産党中央委員会基地対策責任者・元参議院議員)のお話は、日米同盟を強化する危険な方向が、アメリカいいなり、国民のくらしと経済の破壊、憲法改悪の加速となって現れている。しかし、靖国派内閣と日米同盟容認派は矛盾を深めているし、そもそも国民との矛盾は参議院選挙の結果でも明らかになった。安倍内閣は「戦後レジュウムからの脱却」を言うが、脱却すべきは平和憲法と矛盾する日米安保体制だと話されました。
 政治の新しい段階の中で、国のあり方について、長期の展望をしっかり持っている日本共産党が、国民の中で果たすべき役割は大きいと改めて感じました。

 午後は、嵯峨議員、ふなやま議員と、太白区モール前、青葉区フォーラス前で終戦記念日の訴えを行いました。話す方も、通りがかりに聞いてくださる方も汗だくです。いつもの終戦記念日の宣伝より、今年は声援を送ってくださる人が多かったように思います。自分たちの力で平和を守らなければという、思いが確かに存在していると感じました。

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2007/08/15

帰省から帰り、終戦記念日

9日から14日まで、三重と愛知のそれぞれの実家に帰省してきました。

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071184  三重は三重郡菰野町で御在所岳や湯ノ山温泉、愛知は豊田市に合併となった旧足助町で香嵐渓とどちらも観光地が近く子どもたちも楽しめたようです。

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 親父、おふくろと、兄弟3人の家族集まると、総勢16人でにぎやかに過ごし、翌日は御在所岳にロープーウェイで登りました。山頂は、赤とんぼがたくさん飛んでいて少し暑さもやわらかい感じです。

071234  ふもとの川の大きな石がごろごろしている公園で水遊び。

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 愛知に向かう途中に、名古屋港水族館によりました。

071326  足助町では、14日からのお祭りは残念ながら見られませんでしたが、昔ながらの宿場町の街並みを生かしたライトアップがされていました。

 仙台は三重や愛知に比べれば、少しは涼しいか・・・と思いましたが、今年はずいぶんひどい暑さです。もう、昨日午前から議会の会議があり、「夏休み」は終わり。いまから、終戦記念日の平和集会と、街頭からの宣伝に出かけてきます。

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2007/08/08

おにやんま に親子であこがれる

 ここ数日、一番下の息子と、「おにやんまを捕まえたいね」と保育所への行き帰りに、朝夕眺めています。
 ちょうど、山と住宅地の境の道路で、おにやんまのお食事場所のようで、我が家と保育所の間を行ったり来たり、飛んでいます。飛んでる姿もかっこいい。小さいトンボは、道路わきに停まったりして息子も捕まえることができますが、おにやんまは、相当高いところを飛行しています。

 今朝は、雨でしたが、保育所に息子が行った後、小学生の娘が児童館に行くのに傘たてから傘を取ろうとすると、おにやんまが傘に掴っていました。少し弱っていたようです。写真だけとって、逃がしました。
 息子は、自分がいない時のことに、残念がっていました。

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平和七夕 ノーモア 広島・長崎

 仙台七夕が8月6.7.8日開かれました。7日に、下の子2人を連れて、中央通を少し歩きました。目当ては、今年も平和七夕をみることです。

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071032  核兵器廃絶の思いをこめて折られた鶴がびっしり・・・。観光客のみなさんも、思わず立ち止まって「すごい」と声を上げます。毎年、七夕の時期は、広島・長崎で原水爆禁止世界大会が開かれる時期でもあります。(長女は現在長崎で参加中)
 核兵器廃絶を実現するまで、ずっと続けて行きたい取り組みだと思います。

 今年の七夕は、すご~くあつい。オブジェとして置かれていた氷柱にみな引き寄せられてぺたぺたしていました。

 明日、9日から三重の実家と、愛知の妻の実家に帰省します。向うはもっと暑そう・・・。

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2007/08/05

2面は選挙について

 市政リポートの2面は、開票翌朝のデータでとりあえずの選挙結果についての記事を書きました。

 見出しは、「自民・公明政治にNO!の審判下した参議院選挙」「紙 智子さんも当選」「新しい政治の枠組み、中身を探求する新しい時代」
 比例得票は増、議席は3にとどまる
 庶民増税ストップ、平和憲法を守れの私たちの訴えは、多くの市民の声になったと感じます。「国民が新しい政治の枠組み、中身を探求する新しい時代がはじまった」と志位委員長は述べています。

 政治の良し悪しが分かる

 地方政治の現場でがんばります

 進められている政治が国民にとっていかに酷いものであるかは、市民の暮らしの現場では明らかに分かります。日本共産党は、地方議員の数では第1党。現場に根をはる、国民のくらしの守り手として、国会議員、地方議員、地域や職場の党支部が力をあわせてがんばります。

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落合での演説会(上)

アエル前、雨の中、志位さんをむかえての街頭演説会(下)

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市政リポートVol59発行 学校の渡り廊下と車道の交差?解消

 選挙明けの月曜、午前中をつかって、市政リポートの版下をつくりました。今週の日曜版に折り込んで配ってもらうためには水曜までに印刷しておく必要があります。火曜から議会総務財政委員会の視察だったので、急いで作りました。(「hanakinews59.doc」をダウンロード

 一面は、学校の渡り廊下と車道が交差している問題が解決した話題。
現場での調査と、具体的な提案、保護者のみなさんの運動が実る

「校舎から体育館への渡り廊下と車道が交差していて危ないのです」とはじめて、お話を聞いたのは2005年の年明けでした。PTAで市と掛け合ったが、なかなか解決しないという相談でした。「えっどういうこと?」なかなか話だけでは理解できませんでした。

05p0306 早速現場に行ってみました。本当だ、渡り廊下を車道が横切っている。校地を通り抜けて、奥の数軒の生活道路となっています。(左写真)給食室も奥にあり、職員用の駐車場もこの渡り廊下を横切って行かなければなりません。上り坂で運転手からも見通しがきかない、渡り廊下には車が来ないか確認するカーブミラーも付けられていました。

05p0308 市の教育委員会にも状況を聞きながら調べてみると、いわゆる赤線道路をまたいで、体育館を建てたことがわかりました。奥の住民の方の生活道路なので、廃止(通行止め)にもできない、と当面の注意喚起しか行っていなかったのです。

赤線はこれまで国の管理でしたが、市に移管されたところでした。私は、使っていない浄化槽(下写真)を撤去して、赤線道路を体育館の外を回るように付け替える方法で解決できるのではないかと提案をしました。これが決め手となりました。PTAでの継続した要望で、1年後の予算化となり、今回工事が完了しました。

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写真右側にあった浄化槽を撤去し、体育館側に車道を接続。渡り廊下を横切っていた左方向は通行止めにしました。

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